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ミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」感想

ものすごく今更だけど、3月から4月にかけて上演されていたミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」の感想。

 

 

Next To Normalは、双極性障害を患う母親とその家族を描いたミュージカル。2009年にトニー賞で主演女優賞・楽曲賞・編曲賞の3部門を受賞、2010年にはピューリッツァー賞を受賞している。

私はトニー賞授賞式のパフォーマンスでこの作品を知ったのだけど、精神疾患をテーマにしたミュージカルが作られているということと授賞式のパフォーマンスの素晴らしさ(Alice Ripley 、J. Robert Spencer、Aaron Tveitが"You don't know"と”I am the one"を歌ってるやつ。YouTubeで検索するとすぐに出てくる)に衝撃を受けて、見たい…けど、見る機会もないし…と思っていた作品だった。今回日本で再演、しかも海宝直人さんと昆夏美さんが出ると知り、これは絶対見なきゃ!ということで見に行ってきた。

 

名古屋の大千穐楽含めて合計4回見に行ったけどすべてAチームの以下キャスト

 ダイアナ:安蘭けい

 ゲイブ:海宝直人

 ダン:岡田浩暉

 ナタリー:昆夏美

 ヘンリー:橋本良亮

 ドクター・マッデン/ドクター・ファイン:新納慎也

 

精神疾患という難しいテーマでありながら、ストーリーや登場人物の立場・心情がすごくわかりやすい(単純という意味ではない)脚本と演出がまずすごいと思った。

登場人物たちが抱える痛みが常に泣き叫んでいるようで、辛いんだけど、でも不思議と悲壮感はなく、最後には希望を感じられる、とてもよい作品。

楽曲もどれもよくてブロードウェイのオリジナルキャストアルバムも購入。キャストについてはとにかく海宝直人さんと昆夏美さんの歌唱力が突出していて、この二人で見れて本当によかった。

 

 

以下、ネタバレありのまとまりのない感想

 

 

・オープニングは普通の4人家族の何気ない朝の風景と見せかけて、ダイアナの行動の異常性が徐々に明らかになり、彼女が双極性障害を患っていることが明らかになる。

さらには、海宝さんが演じる息子のゲイブは実は赤ちゃんの頃に死んでいて、舞台にいるのはダイアナがみる幻覚ということも一幕中盤で明らかになる。

知らずに見るとまずそこに驚くんだろうけど、トニー賞授賞式とかで普通に解説されていたので、私は知った状態でみた。

双極性障害の人が、実際にここまではっきりと成長した息子の姿といった形で幻覚・妄想を見ることはないらしいのだけど、この設定によりダイアナの病状や家族に潜む問題が可視化されるので、設定としてはとてもうまいなと思った。

 

・ダイアナは生後8か月の息子を失った悲しみから抜け出すことができず、それからずっと精神疾患を患い薬漬けの状態。”Who's Crazy / My Psychopharmacologist and I”でそう状態からうつ状態への変化が描かれて、服用している薬の名前を挙げながらサウンド・オブ・ミュージックの「私のお気に入り」のフレーズが入ったりとかなり皮肉がきいている。

 

・ダイアナは20歳の学生のときに妊娠をきっかけに結婚していて、予定していなかった出産や自分の人生に対する不安とか感じる中で、それでもゲイブが生まれてすべて報われると思ったのかも。それなのに生後8か月で失ってしまったとなるとそりゃ壊れてしまうよな…と思った。

・そのあと子供を失った悲しみを癒すためにまた子供を授かれば…ということでナタリーを産んだという設定がえぐい…。彼女は生まれたナタリーを抱くことができず(なぜならゲイブではないから)、そして娘のナタリーは、母親は幻覚の長男ゲイブばかりみていて自分を見てもらえていないと感じて育った。クレイジーな行動をとる母親を見捨てることもできず、自分をみてもらいたいと優等生として頑張ってきたナタリーの17年を思うと泣けてしまう。

 

・夫ダンは献身的に妻を支えている…ようにみえて、実は彼自身息子を失った悲しみと向き合えておらず、妻を支えることで紛らわそうとしているいわば共依存の状態。でも彼自身も若い父親だったのだということを考えるとそれも仕方ないとは思う。

でも、ダイアナもダンも、ナタリーに関しては「仕方ない」では許されないよ…

 

・ゲイブが実は幻覚ということが明らかになった後のダイアナが歌う”You Don't Know”は、細かく刻む音がダイアナの精神状態の異常さと苦しさが迫ってくるようだし、安蘭さんの演技もすごかった。それに続くダンとゲイブが歌う”I am the One”は、ダンの「わかってなさ」(自分の苦しみがわかるのかというダイアナに対して、ずっと支えてきたのは自分だと主張しはじめるのでかみ合わない)が見事に表現されてる。ゲイブは理想の息子というよりまるで恋人のようにダイアナに寄り添って甘く囁くんだけど、一方でダンに対して「自分が見えないの?」と語り掛けてもいるんだよね。

 

・ドクター・マッデンの診療を受け、ゲイブがこの世に存在しないことを受け入れるよう言われるダイアナ。しかし、その後リストカットして救急搬送されることに。

このリストカット前のオルゴールの旋律に合わせた"I Dreamed a Dance"からのゲイブが歌う”There’s a World"がどうしてこんな綺麗な旋律が作れるの?ってくらい美しい曲で…これは連れて行かれてしまうし、手放せない…。

 

・電気けいれん療法を受け、記憶を失ってしまうダイアナ。それをいいことに、息子の死を隠し、良い記憶に変えてしまおうとするダンが怖い…。

しかし、結局息子のことをダイアナは知ってしまい、また幻覚が復活してしまう。ここの"I'm Alive (Reprise)"の海宝さんは圧巻。歌の力がそのままダイアナの病状や家族の痛みとリンクしてて、暴れ回って全てを薙ぎ倒して圧倒してしまって恐怖を感じるくらいだった。

 

・ドクター・マッデンに対して、治療を拒否するダイアナ。それでもその後、ゲイブの死のことや普通でありたいけど普通(Normal)が何なのか自分には分からないとナタリーに伝え、向き合うので、これまでとは違うこともわかる。それに対してナタリーはママのことは信じないといいつつ、普通じゃなくて普通の隣(Next to Normal)でもいいんじゃない、と伝える。ここの昆さんの心の葛藤がみえる演技が素晴らしかった。

 

・ダンに家を出ていくと伝え去っていくダイアナ。ずっと支えてきた自分を捨てるのかと言うダンの元にゲイブが現れて、自分を知っているはずという。ここ、ひえっ次はダンも幻覚を見るように??ホラー??となったのだけど、そうじゃなくて、ダン自身もずっと息子を失った悲しみから目をそらしてきたことが明らかになる。そして最後に、「ゲイブ…ガブリエル」との息子の名前を始めて呼ぶ。ここのシーンでダンとゲイブの2人で歌う"I am the one (reprise)''の歌詞でいつも涙腺決壊する。

I am the one who held you
I am the one who cried
I am the one who watched while you died.
Yeah, yeah, yeah.
I am the one who loved you
I tried pretending that I don't give a damn...

 

日本語は死ぬまでそばにいただったかな。忘れちゃったけど、とにかくその時の風景を想像するだけで辛すぎる…。

それでも最後、カウンセリングの紹介をドクター・マッデンから受ける描写があり、ダンも息子の死と向き合い前へ進む様子が描かれる。

 

・ダイアナの病状も改善するのかわからないし、まともとは言えない環境で思春期を過ごさざるを得なかったナタリーの不安定さ(しかもダイアナに似た極端なとこがある)とか、あまり楽観視できる状況ではないのだけど、それでも確かに何かが変わって一歩前に踏み出して、きっと希望はあると言うところで物語は終わる。

 

・悲しみを忘れるとか立ち直るのではなく、悲しみと向き合い、受け入れるという終わり方に映画の「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を思い出した。あれも主人公が過去の出来事から立ち直れない自分を受け入れるところで終わるのだけど、希望を感じさせる終わり方だった。グリーフケアの話という点では共通なのかな。

 

・キャストについては何度も書いてるけど海宝さんが圧巻。"I'm Alive"は彼のアルバムにも入ってるし、歌番組でも歌ってるの見てたけど、舞台で役として見ると全然違った。なかなか拍手をするタイミングのない演目ではあるけど”I'm Alive”後の拍手は毎回すごかった。ゲイブは幻覚なので感情とかがある登場人物ではないし、ダイアナの病状とリンクしてるから結構怖い存在なんだけど、海宝さんの爽やかすぎて逆に人間味がない?(イメージね、あくまで)みたいなとこと、圧倒的な歌唱力がめちゃくちゃ合ってて作品に説得力をもたらしてた。

あとはもちろん昆さん。ゲイブほど印象に残るソロナンバーがないのもあり、歌よりも演技が印象に残った。もちろん卓越した歌唱力あってこその演技なのだけど。残念なのは昆さんと海宝さんのデュエットが"Superboy and the Invisible Girl"くらいしかないとこ。ヘンリーとのデュエットが多いけど、肝心のヘンリー役が微妙だったのがなぁー。

ヘンリー役の方はなんつーか、音は外さないのはいいのだが圧倒的に声量が足りないし一生懸命歌ってますって感じで、そういう頑張ってるとこを見たいわけではないのよこっちは。

ダイアナ役の安蘭さんは役に合ってたし、演技はとてもよかった。歌は声量とか伸びやかさとは物足りない感じはあった。

ダン役の岡田さんも歌が物足りなくはあったな。この年代だと誰だったらよかったかなぁ…。

ドクター役の新納さんはとても良かった。背が高くてかっこいい。歌も上手だし、安蘭さんとのコミカルなシーンもさすが初演コンビで息ぴったり。ちょうど大河ドラマ鎌倉殿の13人で阿野全成役で出演されてた時期でもあり、見れて嬉しかった。

 

とりとめない感想終わり。また思い出したら追加するかも。