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ミュージカル「ミス・サイゴン」感想

うーん、今更書いてどうする、ってくらい時間経っているけど、記録のために書きます。

なんとも感想が書きづらいなーっていう作品「ミス・サイゴン」が2022年夏に日本版が上演されて、それを見に行ったのでその感想。

 

ミス・サイゴン」は、ミュージカル「レ・ミゼラブル」と同じクリエイティブ・チームが手がけた作品で、1989年にウエストエンドで初演、日本での初演は1992年で30周年だそうです。本当は2020年夏に予定されていたけれどコロナで中止になってしまっているんですよね。2020年夏に上演されていたら、その頃はあまり日本のミュージカルに興味なかったから見に行っていなかった気がするなあ。

 

 

感想が難しいな、というのは、この作品は音楽も演出もキャストも超一流がそろっており、間違いなく傑作なのですが、私個人としてはこの作品が「嫌い」だから。

ミス・サイゴン」はロンドンで上演された25周年記念コンサートを以前WOWOWが放送していたのを見ていました。その時に初演時1989年はともかく、もはや今この時代にそのまま上演してよい作品ではないだろと思ったのだけど、今回日本語版を見ても同じ感想だった。

 

しかし、今回の公演は海宝直人さん、昆夏美さんという、今私が観に行きたいミュージカル俳優2トップのお二人がクリスとキム役で出演しているということで見に行かないわけにはいかず…

しかも小野田龍之介さんと屋比久知奈さんも観たいな…となると必然チケット購入が増えていく。ダブル・トリプル・クワトロキャストの罠にまんまとはまって、結局合計4回見に行ったのでした。

キャストの皆さん素晴らしかったので後悔はない…けど、もう一生分見つくしたので再演あっても見に行かなくていいかな。

 

1回目

2回目

3回目

4回目

以下、ネタバレありの感想。もうだいぶ忘れているけど。あと、冒頭「嫌い」と書いている通り、作品についてはネガティブなこと書いているので、好きな人ごめんなさい。

 

 

まずはキャストについて

・エンジニア:伊礼さん、市村正親さん、駒田一さんの3人を見たけど、私は伊礼さんのエンジニアが一番よかった。歌が一番よかったというのもあるけど、植民地支配と戦争が生み出した俗物であるエンジニアを一番役として演じているように感じたから。他のお二人はどうしてもベテラン俳優の十八番の名人芸の披露っていう風に感じてしまって、それが悪いわけじゃないんだけど、ちょっと私の見たいものと違う、って感じでした。

・エレン:トリプルキャスト全員見たけど、うーん、ごめんなさい私やっぱり知念さん歌声苦手。雰囲気は役に合っているんだけど…。他のお二人は歌はよかったけど、まあ、エレンって難しい役だよね…。

・ジョン:上原理生さんが素晴らしかったです。上野さんは歌がちょっと物足りなかった。しかし私はこのジョンという役自体に、いやお前が諸悪の根源だろという気持ちにしかならない…。

・トゥイ:今回の公演はキム役・クリス役の俳優さん目当てで行ったけど、キャストで一番良いと思ったの西川大貴さんのトゥイかもしれない。YouTubeでミュージカルについて配信していることやタップダンスが上手なことは知っていたのだけど、こんなに歌える俳優さんとは知らなかった。トゥイは見せ場はすごく多いけど、曲的には聴きやすいのはなくて感情爆発の難しそうな曲ばっかりなのだけど、音程や声量はもちろんなのだけど、リズム感がよいのか?どの場面でもバシっと決まって、聴いててとっても高揚するんですよね(いや、場面的にはひどいシーンばっかりだが)。もっとほかの作品でも見たい!ってなったけど、ご自身の創作活動とかでお忙しいのかあまり出演情報がない…。

神田さんもとても良かったです。

・クリス:海宝さんの”Why God Why"も”Last night of the World"もそりゃ聴きたいに決まっているだろ!って感じで複数回見に行ったのだけど、本当に素晴らしかったです。ウエストエンド版の記憶があやふやだったのだけど、どっちの曲も1幕の割と序盤で、クリスって実は出演時間は多くない。でも、海宝さんクリスは、1幕よりもむしろ2幕の方が印象に残った。エレンに過去を告白するシーン"Confrontation"で、クリスの絶望と苦悩を吐き出す演技がすごかった。これは他の共演キャスト(確か屋比久さんと松原さん)もコメントしていたけど、最初から最後まですごくvulnerableというか、とにかく繊細で今にも壊れてしまいそうな危うさがある。

たいして小野田さんの方は、情熱的で力強いクリスという印象を受けた。情熱のまま突っ走ったら思わぬ結果になっていまって茫然、みたいな感じ。

海宝さんの方が共感しやすいとは思うのだけど、ストーリー上どうしても矛盾だらけになってしまうので、小野田さんの「まあ、この人あまり考えていなかったのね」、という方がある意味腹落ちしやすいかも…とは思った。

だって、17歳って聞いて「まだ子供だぞ」って言った舌の根も乾かぬうちに速攻手を出しておいて、キムが子供を産んだって聞いて「ああ、キムまさか」って、「まさか」じゃねえんだわ、ってなるし。エレンに対してすべての男が夢見る妻さ、みたいなこと言っているのも、キムと息子にはお金だけ払おうそれがみんなにとって一番さ!みたいなのも、どうしたって、「なんだこいつ」ってなるもの。

・キム:昆さんのキムが素晴らしいことは見る前からわかっていたのだけど、歌がうまいというだけでなくて、演じる役のリアルな感情が伝わって感情が揺さぶられるという点(つまりは歌唱力と演技力ということなのだと思うけど)では、少なくとも私がこれまでに観たことのある国内の女優さんでは昆さんが抜きんでているように思う。今回面白いなと思ったのがクリス役によってキムの印象も変わること。小野田さんとのときはキムも情熱のまま後先考えずに突っ走った若い女性という感じで、最後の自殺も激情が引き起こしたように見えた。海宝さんとのときは、戦争で両親と村を焼かれたときに彼女自身も死んでしまってクリスとの愛という幻想に縋り付けなければ生きていけなかったけど、その幻想が壊れたときにもう命を絶つしか道がなかったんだなという印象で、より戦争の被害者としての側面が強く打ち出されていた気がする。あくまでも私個人の印象ですが。

屋比久さんもとっても素晴らしかったのだけど、ちょっと歌声がまっすぐすぎるというか、やや私としては物足りない気がした。けど、これは好みの問題だと思う。

 

歌について

言わずと知れた名曲がたくさんあるわけですが、同じ作詞・作曲のレミゼに比べるとインパクトはやや劣る。あと、英語で聴いた時の方が、「あ、レミゼに似てる」って思うことが多かったのは、私がレミゼを英語以外ではほとんど見たことないからかな。どうしても英語と日本語では聞いた時の語感が違うから違う音楽のように聞こえてしまう…。

あと、訳詞が、割と名訳と言われている気がするけど、「ブイドイ」の「ごみくず」はいくら何でも、と思うし、「神よ、何故」の「はじめて娼婦と過ごしたわけじゃなーい」って歌いあげる歌詞もどうかと思う…(英語ではもっと経験のある女の子たちと過ごしたこともあるけどこんな気持ちになったことはない、的な歌詞。まあ要約すると同じもしれないが)。いろいろと制約があるから日本語の翻訳ミュージカルって難しい。

 

演出について

微妙な国内演出ミュージカルをいくつか見た後だと、3時間一度も停滞することのない展開とか、サイゴン陥落のシーンのキムやクリス、アンサンブルの動きの振り付けとかやっぱすごいなあって思う。

けど、最初のドリームランドのシーンやバンコクの売春シーンはセクシャルな表現が不必要に多いと思う。当時のサイゴンでもバンコクでも(そして今現在の東南アジアでも)実際に多くの人が性的にも経済的にも搾取されているわけだけど、それを描くための表現というよりは、エンタメ化して消費しているように思える(売春宿のシーンってミュージカルの定番、お約束的になっているというのもあると思う…)。

 

ミス・サイゴン」という作品について

この作品の何が嫌いなんだろう、と考えるとやはり、結局のところ「西洋人」「白人」「男性」という強者側の視点で描かれていて、なおかつ、彼らの自己憐憫を強く感じるからかな。ベトナム戦争の惨状を描いてアメリカや欧米を正義として描かないのは製作当時は画期的だったのかもしれないけど…。

なんというか、キム(とそこに表象されるアジアや女性という被抑圧側)に対して、「おお、なんという悲劇だ、ごめんねごめんね」「こんなことをしてしまった俺たちはだめなやつだ」と涙を流しつつ、「(でもしょうがなかったんだ。反省しているから許してね。)」みたいな狡さを感じる。んでもって、キムという年端もいかない少女に対して母性崇拝的な描き方がされているのも、勘弁してとなる。

そもそもが「蝶々夫人」を基にしたミュージカル作りたいな~、お、ベトナム戦争を舞台にしたらいいじゃん!みたいな感じで「西洋人」「白人」「男性」のクリエイティブチームが作ったので、まあ、そうなるのは当たり前かもだけど。

蝶々夫人」についてはひどい話だとは思うけど、ここまでの嫌悪感を持たないのに対して、「ミス・サイゴン」についてはここまでイライラするのは、作品の時代設定と製作された時代の「今」と「自分」との距離の近さのせいかなとは思う。

(日本もベトナムを占領していたし、東南アジアに対しては搾取側ということも考えなきゃだなと思うし…)

 

ラ・ボエーム」を原案にした「Rent」ではミミは死なないんだから、キムを死なせる必要ないじゃん!ってやっぱり思っちゃう。

最近常々思うのが、「マッドマックス 怒りのデスロード」や「ゲーム・オブ・スローンズ」を経た今、単に虐げられた女性を悲劇的に描くだけでは足りないって思う。奪われ続けたまま終わるのは納得がいかないし、感動なんてできるはずもなく、もやもやだけが残るんだよね…。

イギリスの新しいプロダクションではエンジニアを女優さんが演じるというニュースも目にしたから、今後変更があるなら、ちょっと興味あるけど、もう「ミス・サイゴン」は見なくていいな、と思った夏だったのでした。